モデルナ株はなぜ上がって下がったのか?株価推移を解説【コロナ後の急落に見るバイオベンチャー投資の真実】

米国株

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック。この未曽有の事態が世界を一変させたことは、皆さんの記憶にも新しいかと思います。そして、そんな危機の中で一躍その名を世界に轟かせた企業の一つが、モデルナ(Moderna)です。

それまで一部の専門家や投資家にしか知られていなかったバイオベンチャーが、わずか数年で世界の医療、ひいては経済の常識を塗り替える存在となりました。

もしあなたがパンデミック以前からモデルナの株を保有していたとしたら、どのような背景や情報を元にその判断を下していたでしょうか? あるいは、パンデミックの真っ只中に「今こそ投資のチャンスだ」と見抜けたでしょうか? そして、あの株価の急騰、そしてその後の調整を、どのように予測し、対応できたでしょうか?

この記事では、モデルナが創業してから現在に至るまでの栄枯盛衰の軌跡を、当時の社会状況、認識、そして常識を交えながら深掘りしていきます。単に出来事を追うだけでなく、「あの時、こう考えれば投資できていたかもしれない」「あの時、こう判断すればリスクを避けられたかもしれない」という視点から、皆さんと一緒に考察を進めたいと思います。

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mRNA技術の胎動と当時の認識(2010年〜2019年)

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私たちがモデルナという名前を耳にするようになったのは、COVID-19のパンデミックが世界を覆い始めた2020年以降のことでしょう。しかし、モデルナは以前から、医療の未来を変えるかもしれない革新的な技術に静かに挑戦していました。

「夢の技術」か「絵に描いた餅」か?:mRNA黎明期の常識

2010年代初頭、モデルナがその創業の地で産声を上げた頃、製薬業界の主役は低分子医薬抗体医薬でした。これらは長年の研究と膨大な臨床試験を経て、多くの病気の治療に貢献してきた実績のあるアプローチです。新しい治療法が登場しても、既存の常識を覆すには相当なエビデンスと時間が必要とされるのが通例でした。

そんな中、モデルナが掲げたのは「mRNA(メッセンジャーRNA)」という、当時としては非常に斬新な技術でした。

mRNAは、体内でタンパク質を作るための設計図のようなものです。このmRNAを人工的に合成し、体内に投与することで、必要なタンパク質を細胞自身に作らせ、病気を治療したり、免疫を活性化させたりするという、まさに「体に薬を作らせる」という発想でした。

しかし、当時の製薬業界の多くの人にとって、mRNA技術は「夢の技術」でありながらも、「絵に描いた餅」と見なされがちでした。なぜなら、以下のような課題が山積していたからです。

  • 不安定性: mRNAは非常に不安定で、体内で速やかに分解されてしまうという性質がありました。
  • デリバリーの難しさ: mRNAを目的の細胞に効率よく届けるための技術が未熟でした。
  • 免疫反応のリスク: 人工のmRNAを体内に導入することで、予期せぬ免疫反応が引き起こされる可能性がありました。

これらの課題は、当時の研究者や大手製薬企業にとって、mRNAを医薬品として実用化するには「非現実的」あるいは「途方もない時間と費用がかかる」という共通認識を生んでいました。そのため、多くの大手企業は、すでにある程度確立された低分子や抗体医薬の研究開発に注力していたのです。

モデルナの誕生:異分野の5人が描いた未来(2010年)

そんな逆風の中、2010年にモデルナは設立されました。この企業の設立には、デリック・ロッシ、ヌーバー・アフェヤン、ロバート・ランガー、ケネス・R・チェン、ティモシー・A・スプリンガーという、5人の共同創業者が関わっています。

この5人という人数は、一般的なスタートアップでは珍しく感じられるかもしれません。しかし、医療、特に新薬開発という分野の特殊性を考えると、彼らがそれぞれの専門性や役割を持ち寄ることは、未来を切り拓く上で非常に理にかなっていました。

  • デリック・ロッシは、mRNAが体内でタンパク質を生成するという、モデルナの根幹をなす画期的な科学的発見の持ち主でした。
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  • 著名なベンチャーキャピタリストであるヌーバー・アフェヤンは、ロッシの科学的な知見に商業的な可能性を見出し、巨額の資金を投じて会社設立を主導しました。彼は、未だ誰もなしえなかった「常識外れ」なアイデアに賭ける眼を持っていました。
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  • MITの世界的権威であるロバート・ランガーは、mRNAを安定して細胞に届けるためのドラッグデリバリーシステム、特に後の成功に不可欠となる脂質ナノ粒子(LNP)技術の専門家として、技術的な実現可能性と応用範囲を確かなものにしました。
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  • ハーバード大学医学部の心臓病学者であるケネス・R・チェンと、同じくハーバード大学医学部の生化学者であるティモシー・A・スプリンガーもまた、初期の段階からmRNA技術の可能性を認識し、その学術的な裏付けと応用の検討に貢献しました。

彼ら共同創業者は、それぞれの分野でトップクラスの専門知識とネットワークを持ち、当時の製薬業界の「常識」にとらわれず、mRNAという新しいモダリティ(治療手段)に早期から着目し、巨額の投資と年月を費やしました。

非公開企業としての研究開発と資金調達の道のり(2010年〜2018年)

この異分野のプロフェッショナルたちが築き上げた基盤の上で、後にステファン・バンセルがCEOとして参画し、事業化を強力に推進していきます。

モデルナは、設立から上場までの約8年間、非公開企業として水面下で地道な研究開発を続けていました。

この期間は、私たち個人投資家が直接モデルナの株を購入することはできませんでした。しかし、この静寂の中でこそ、モデルナの躍進を支える重要な技術革新が次々と生まれていきました。特に、mRNAの不安定性を克服し、狙った細胞に効率よく送り込むための脂質ナノ粒子(LNP)デリバリー技術は、彼らの研究室で着実に進化を遂げていました。

これらの技術は、後のCOVID-19ワクチンの開発において決定的な役割を果たすことになります。また、この間モデルナは巨額の資金調達を重ねています。

これには、創業者であるヌーバー・アフェヤンのFlagship Pioneeringをはじめ、様々なベンチャーキャピタルや大手製薬企業からの戦略的投資が含まれていました。例えば、2013年には英製薬大手アストラゼネカと提携し、心血管疾患やがん治療薬の開発で協力関係を結びました。

これは、まだ実用化されていないmRNA技術に、既存の大手企業が大きな可能性を見出し、リスクマネーを投じたことを意味します。彼らの投資判断の裏には、単なる科学的な魅力だけでなく、ビジネスとしての潜在力への確信があったと言えるでしょう。

IPOと期待(2018年〜2019年):市場への登場と株価の変動

そして2018年12月、モデルナはナスダック市場に上場(IPO)します。これは当時、バイオテクノロジー企業としては史上最大のIPOの一つとして注目されました。しかし、上場時点ではまだ製品を一つも上市しておらず、ほとんどの候補薬は初期段階の治験中でした。

上場時の公開価格は23ドルでした。

当時の株価は、その革新的なmRNA技術への「期待」と、製品化までの「不確実性」が混在した評価となっていました。アナリストや投資家の間では、mRNA技術の将来性への期待はあったものの、

「本当に収益に結びつくのか?」
「治験は成功するのか?」

という懐疑的な見方が入り混じっていました。

例えば、新しい治験の結果が良好であれば一時的に株価が上昇する兆しを見せることもありましたが、予期せぬ治験の遅延や中止といったネガティブなニュースがあれば、株価は大きく下落するリスクも常にありました。

これが、新薬開発を行うバイオベンチャー特有のリスク面であり、この時期のモデルナ株はまさにその典型でした。

ポジティブな治験結果(2019年4月)

実際に、2019年4月に株価が大きく上昇し、IPO後の最安値から約2倍になりました。この高騰の主な理由として考えられるのは、モデルナが発表したポジティブな臨床試験結果でした。

具体的には、がんワクチン(mRNA-4157)の治験に関する良好なデータや、その他のパイプライン(開発中の薬剤)に関する前向きな発表が、市場の期待感を高めました。特に、がん領域という巨大な市場での可能性を示唆するデータは、投資家にとって非常に魅力的に映り、mRNA技術が単なるコンセプトではなく、実際に効果を発揮し得るという強いシグナルとなりました。

これにより、以前は不確実性が高かったmRNA技術への信頼性が一時的に向上し、株価が急伸したのです。

冷静な現実と資金調達の懸念(2019年8月)

しかし、2019年8月頃には株価は急落し、4月のピークから約半分にまで戻ってしまいます

この下落の背景には、主に以下の要因が考えられます。

  1. 期待先行による反動と現実とのギャップ:
    4月の急騰は、期待感が先行しすぎたことによる反動の側面が強かったと考えられます。新薬開発は一筋縄ではいかないものです。ポジティブなデータが出たとはいえ、それがすぐに製品化に繋がるわけではなく、さらなる大規模な臨床試験や規制当局の承認といった、長く険しい道のりが待っています。市場は一度冷静になり、依然として巨額の費用がかかる研究開発段階である現実を再認識したのでしょう。
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  2. 資金調達の懸念
    バイオベンチャーは、製品を上市して収益を上げるまでの間、研究開発費用を賄うために常に資金調達を必要とします。モデルナも例外ではなく、多額の資金を消耗していました。市場は、新たな資金調達の必要性や、既存の資金でどこまで開発を進められるのか、といった財政的な懸念を抱き始めた可能性があります。資金調達のニュースは、時に株式の希薄化に繋がり、株価の重しとなることがあります。
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  3. 競合の動向や他パイプラインの状況
    常に競合他社の研究開発動向や、モデルナ自身の他のパイプラインに関するニュースも、市場の評価に影響を与えます。一部の治験の進捗が芳しくない、あるいは競合がより有望な技術を発表するといった情報があれば、株価は下落しやすい状況でした。

もしあなたがこの時期に投資していたとすれば、

  • 4月の高騰時: ポジティブなニュースに飛びつく前に、その成果が実際に製品化にどれだけ近く、企業価値にどれだけ寄与するのかを冷静に分析できたでしょうか? 短期的な期待先行で高値掴みをするリスクを避ける視点が必要でした。
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  • 8月の下落時: 一時的なネガティブ要因や期待の剥落による調整と捉え、長期的な視点からmRNA技術の根本的な価値を信じられるかどうかが問われたでしょう。あるいは、バイオベンチャー特有のリスクを認識し、適切な損切り判断ができたかもしれません。

この時期のモデルナ株の変動は、まさに新薬開発型バイオベンチャー投資の難しさとまだ収益を上げていない企業への投資の難しさを感じさせる時期でした。

未曾有の危機と歴史的転換点(2020年〜2021年)

2020年初頭、世界は未曾有の危機に直面しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、瞬く間に地球規模で広がり、私たちの生活様式、経済、そして医療の常識を根底から揺るがしました。

この出来事は、モデルナにとって運命の転換点となりました。

世界を襲ったパンデミック:常識が覆された2020年

2020年1月、中国武漢で発生したとみられる新型ウイルスの感染拡大が報じられ始め、2月には世界保健機関(WHO)が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を宣言。

そして3月には、パンデミック(世界的流行)の認定に至りました。この時、私たちを取り巻く状況は一変しました。

  • 未曽有の感染症拡大: 既存の治療法が確立されておらず、感染力の強いウイルスはまたたく間に各国へと広がり、医療システムは逼迫し、多くの命が失われました。
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  • 社会活動の制限と経済の停滞: ロックダウン、外出制限、渡航制限など、人々の移動や経済活動が大幅に制限され、世界経済はかつてない停滞に見舞われました。
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  • ワクチン開発への世界的ニーズ: この危機を乗り越える唯一の希望として、有効なワクチンと治療薬の開発が最優先事項となり、世界中の製薬企業や研究機関が総力を挙げて取り組み始めました。

まさに、これまでの社会の常識が通用しない状況に突入したのです。人々の間には、先行きの見えない不安と、一刻も早く有効な解決策が欲しいという切実な願いが蔓延していました。投資家も例外ではなく、市場は混乱と不確実性に覆われていました。

ワクチン開発競争の最前線:モデルナの躍進と株価の急騰(2020年〜2021年)

このような状況下で、モデルナは世界中の注目を集めることになります。彼らが長年研究を続けてきたmRNA技術が、この危機を解決するゲームチェンジャーとして脚光を浴びたのです。

モデルナは、ウイルスの遺伝情報が公開されるやいなや、驚異的なスピードでCOVID-19ワクチン(mRNA-1273)の開発に着手しました。

  • mRNAワクチンの優位性
    mRNAワクチンは、従来のワクチンに比べて開発期間を大幅に短縮できる可能性を秘めていました。病原体そのものやその一部を培養する必要がなく、ウイルスの遺伝情報(mRNA)さえあれば設計・製造が可能だからです。

    これが、パンデミックという緊急事態において、従来のワクチン開発に比べて圧倒的な優位性として認識されました。
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  • 異例の開発スピード
    モデルナは、ウイルス遺伝子配列の公開からわずか42日で、最初の臨床試験を開始しました。これは製薬業界の常識をはるかに超えるスピードであり、世界中を驚かせました。
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  • 臨床試験の成功と緊急使用許可
    その後の臨床試験でも、モデルナのワクチンは高い有効性と安全性が示され、2020年12月には米国で緊急使用許可(EUA)を取得。

これは、モデルナにとって初の製品上市であり、創業から10年でついにその技術が実用化された歴史的な瞬間でした。

株価の爆発的上昇

この間、モデルナの株価はまさに爆発的な上昇を遂げました。2020年初頭には10ドル台後半だった株価が、ワクチンの開発進捗と緊急使用許可のニュースが報じられるにつれて、右肩上がりに上昇していきました。

①2020年3月: ワクチンの第1相臨床試験開始のニュースで株価が急騰。

②2020年5月: 第1相試験の良好な暫定データ発表で、さらなる高騰。

2020年7月: 第3相臨床試験の開始をアナウンスし、期待感がさらに高まる。

2020年11月: 第3相臨床試験の速報で94.5%の有効性が示されたと発表されました。

そして2021年には、世界的なワクチン供給不足の状況が続く中で、モデルナへの期待は最高潮に達します。各国からの大規模なワクチン発注が相次ぎ、莫大な収益が見込まれるとの観測が強まりました。

これにより、モデルナの株価は2021年夏には一時497ドル(調整後)に迫る水準にまで達し、まさに「バブル」とも言える熱狂状態を呈しました。

パンデミック以前のIPO価格23ドルから見れば、約20倍以上にまで価値が高まったことになります。

この時期の株価の動きは、単なる企業の成長だけでなく、世界的な社会課題の解決に対する期待が、いかに投資家の心を動かすかを象徴していました。製薬企業にとって、これほど大規模かつ迅速に製品を市場に投入し、収益を上げられたケースは前例がありません。

モデルナは、パンデミックという不幸な状況の中で、そのmRNA技術の真価を世界に証明し、一躍時の企業となったのです。

正直、こ投資できたのか?

「歴史を知る」ことは大切ですが、実際に「あの時、本当に投資できたのか?」と問われると、多くの個人投資家にとっては非常に難しい判断だったでしょう。

2020年初頭:リスクと不確実性の混沌

パンデミック初期、2020年初頭の時点を考えてみましょう。当時、COVID-19という未知のウイルスに対して、どのワクチンが有効になるかは全く分かりませんでした。

世界中の製薬会社が開発競争に参入し、その中には新参者のモデルナよりもはるかに規模が大きく、実績のある大手製薬企業も多数ありました。

この段階で新参者のモデルナに投資するには、高いリスク許容度と以下の要素を見抜く必要がありました。

  1. mRNA技術の真のポテンシャル: 多くの専門家が「絵に描いた餅」と見ていたmRNA技術が、非常事態において圧倒的なスピードと効果を発揮しうるという、その革新性実用性を深く理解している必要がありました。

    これは、一般的な個人投資家がアクセスできる情報だけでは判断が難しかったと思われます。科学的な知識や、モデルナがLNP(脂質ナノ粒子)技術などの基盤研究を着実に進めてきたことへの洞察が求められました。
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  2. 小規模バイオベンチャーの勝機: 当時、モデルナはまだ製品が一つもない赤字企業であり、大手製薬企業と比べてリソースも限られていました。そんな中で、彼らが最前線でワクチン開発をリードできるという「機動力」と「集中力」を信じることができたか。

    これは、企業のリーダーシップ(ステファン・バンセルCEOの推進力など)や、組織文化を評価する視点が必要でした。
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  3. 未曽有の状況下での大胆な意思決定: パンデミックという未経験の危機において、政府や国際機関が、前例のないスピードで臨床試験を承認し、開発を支援するという異例の事態が起こることを予測できたか。

    これは、通常の製薬開発の常識を覆すほどの、社会全体の「切迫感」と「協力体制」への洞察が求められました。

今振り返っても、多くの個人投資家にとって、不確実性の高すぎるこの時期に投資することは極めて困難だったのではないかと思います。

株価高騰期:熱狂の中での冷静な判断

では、モデルナのワクチン開発が順調に進み、株価が急騰し始めた2020年後半から2021年の時期はどうでしょうか。この頃には、メディアも盛んにモデルナの成功を報じ、多くの人がその存在を知るようになりました。

しかし、この「熱狂」の中での投資判断もまた、非常に難易度が高いものでした。

  • バリュエーションの正当性: 株価が急騰するにつれて、企業価値がどこまで織り込まれているのか、適切なバリュエーション(企業評価)を行うことが極めて難しくなります。

    一時的に巨額の収益が予想されるとはいえ、それが永続するのか、パンデミック収束後にどうなるのか、といった長期的な視点での分析が求められました。
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  • 短期的な利益確定の誘惑: 急激な株価上昇は、短期的な利益確定の誘惑を伴います。どこで利益確定を行うか、あるいはさらに上昇すると信じて保有し続けるか、といった心理的な葛藤があったでしょう。
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  • 情報の波に飲み込まれない冷静さ: 毎日流れてくるポジティブなニュースや、SNSでの「煽り」といった情報の波に飲み込まれず、冷静に自身の投資戦略を貫くことができるか。

ポストパンデミック(2022年〜2025年)

未曽有のパンデミックがモデルナに歴史的な成長をもたらしたのは事実です。しかし、永遠に続く繁栄はありません。感染症の拡大が落ち着き、社会が新しい生活様式へと移行する中で、モデルナは新たな試練に直面することになります。

COVID-19需要の落ち着き(2021年9月のピークから2022年1月〜2月)

モデルナの株価は、COVID-19ワクチンへの期待と供給不足が最高潮に達した2021年8月〜9月頃に約497ドルというピークをつけました。

しかし、このピークを境に、株価は急速に下落を始め、2022年1月〜2月にかけて大きく調整しました。この急落の背景には、複数の要因が複合的に絡み合っていました。

  1. ワクチン需要のピークアウト懸念と過剰評価の修正: 2021年後半には、世界的にワクチン接種が進み、供給体制が整い始めました。これに伴い、「無限の需要が続く」という市場の熱狂的な見方が冷め始め、今後のワクチン需要の減少が意識され始めました。

    また、モデルナの株価は、パンデミック初期からの驚異的な上昇により、すでに将来の収益を過度に織り込んでいるとの指摘がアナリストや投資家から出始めていました。
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  2. オミクロン株の出現と効果の不確実性: 2021年後半には、感染力が強いとされるオミクロン株が出現しました。既存のワクチンがこの変異株に対してどれほど有効なのか、あるいは追加接種(ブースター)が必要となるのか、といった不確実性が高まりました。

    これにより、ワクチンの将来的な売上に対する見通しが複雑になり、投資家の不安を誘いました。
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  3. 競合他社の台頭と供給過多の懸念: ファイザーなどの競合他社もmRNAワクチンを市場に投入し、供給体制を強化していました。これにより、ワクチンの供給能力が需要を上回る可能性が示唆され、将来的な価格競争への懸念が高まりました。
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  4. 金利上昇懸念とグロース株の調整: この頃から、世界的にインフレ懸念が高まり、中央銀行が金融引き締め(利上げ)に転じる可能性が浮上し始めました。高成長が期待される(しかし、まだ利益が出ていないか、将来の利益に大きく依存する)グロース株は、金利上昇局面では将来のキャッシュフローの割引率が高まるため、相対的に評価が下がりやすい傾向にあります。モデルナもその影響を受けました。

これらの要因が複合的に作用し、モデルナの株価はピークから急落し、より現実的な評価水準へと収束していきました。

長期的な調整局面(2022年を通じて)

2022年を通じて、モデルナの株価は大きな上昇を見せることなく、調整局面が続きました。この時期は、主に以下の理由により、市場がモデルナの「ポストコロナ」における企業価値を模索する期間となりました。

  1. COVID-19ワクチンの売上減少の現実化: 2022年の決算において、COVID-19ワクチンの売上高が前年度と比較して大幅に減少する見通しが示され、実際に減少しました。特需の終焉が数字として明確になり、市場の懸念が現実のものとなりました。
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  2. パイプラインの進捗への注目: 投資家の関心は、COVID-19ワクチン一辺倒から、モデルナの多様なパイプライン(開発中の薬剤)の進捗へと移っていきました。しかし、新しい薬剤が市場に投入されるまでには、長期間の研究開発と大規模な臨床試験、そして規制当局の承認が必要であり、その成功は保証されません。個別のパイプラインに関する進捗報告はありましたが、株価を大きく押し上げるほどの決定的なブレークスルーはまだ限られていました。

さらなる下落と売上見通しの下方修正(2023年1月から11月)

2023年に入ると、モデルナの株価はさらに下落を続け、1月から11月にかけて厳しい局面が続きました。

  1. COVID-19ワクチン需要の予想以上の落ち込み: 各国のコロナ関連予算の削減や、季節性インフルエンザと同様の予防接種サイクルへの移行が進む中で、COVID-19ワクチンの需要が市場予想以上に落ち込みました。特に、2023年後半には、モデルナ自身が2024年の売上高見通しを市場予想を大きく下回る水準に下方修正したことが、株価に決定的な打撃を与えました。

    アナリストは2024年の売上高を約60億ドルと予想していましたが、モデルナはこれを約40億ドルに減少すると発表し、市場に大きな衝撃を与えました。
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  2. パクスロビド(ファイザーの抗ウイルス薬)の在庫評価損: 同時期に、ファイザーがCOVID-19経口治療薬パクスロビドの在庫評価損を計上し、新型コロナ関連製品の売上見通しを大幅に引き下げたことも、市場全体のコロナ関連株への不信感を強めました。モデルナも間接的にその影響を受け、コロナ関連収益の先行き不透明感が強調されました。
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  3. 多額の研究開発費と収益化への道のり: モデルナは、COVID-19ワクチンで得た収益を新たなパイプラインの研究開発に積極的に再投資していました。しかし、売上高が急減する中で、この巨額の研究開発費が本当に将来の収益に結びつくのか、十分な資金を確保できるのか、といった財政的な懸念が投資家の間で高まりました。2023年通期では、最終利益が赤字に転落するなど、収益構造の課題が顕在化しました。

新製品への期待と上昇局面(2023年11月から2024年5月)

厳しい下落局面を経て、モデルナの株価は2023年11月頃から2024年5月にかけて再び上昇に転じました。この上昇は、主に将来の収益源となる新たな製品への期待が高まったことによるものです。

  1. RSウイルス(RSV)ワクチンの承認期待: モデルナは、高齢者向けのRSウイルスワクチン「mRESVIA」(mRNA-1345)の開発を積極的に進めており、臨床試験で良好な結果を報告していました。このワクチンが、米国FDA(食品医薬品局)や欧州などで承認されることへの期待感が非常に高まりました。RSVワクチンは、ファイザーやGSKも開発を進める巨大市場であり、モデルナがこの市場に参入できることは、COVID-19後の主要な収益源となりうると見られました。
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  2. 個別化がんワクチン(mRNA-4157)の進捗: メルクとの共同開発である個別化がんワクチン(mRNA-4157)の、特にメラノーマ(黒色腫)に対する良好な臨床結果が、引き続き注目を集めました。がん治療におけるmRNA技術の可能性は、投資家にとって大きな魅力であり、将来の成長ドライバーとして期待されました。
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  3. 決算におけるポジティブな情報: 2023年第4四半期(2024年2月発表)の決算で、一部のアナリスト予想を上回る結果が出たことや、今後のパイプライン戦略、コスト管理などについてポジティブなメッセージが出たことも、株価を押し上げる要因となりました。特に、2025年以降の売上回復への期待感が示唆されました。

再度直近の下落(2024年5月以降〜現在)

しかし、2024年5月を境に、モデルナの株価は再び下落傾向にあります。

  1. RSVワクチン承認後の「材料出尽くし」: 2025年5月(※2024年5月時点での記述としては、今後の承認が期待される段階です。実際には2024年5月下旬に米国FDAがRSVワクチンを承認しました)にモデルナのRSVワクチンが米国FDAに承認されたことで、一時的に「材料出尽くし」感が出た可能性があります。承認は期待されていたイベントであり、それが現実になったことで、次の大きなカタリスト(株価を動かす要因)が何かという点が市場で意識され始めます。
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  2. 競合の激化と市場シェアの懸念: RSVワクチン市場には、すでにファイザーやGSKといった大手製薬企業が参入しています。モデルナのRSVワクチンが承認されたとはいえ、この巨大な市場でどれだけのシェアを獲得できるのか、価格競争に巻き込まれないか、といった懸念が浮上しています。
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  3. 全体的な市場環境と金利動向: マクロ経済の動向や金利の動きも、グロース株であるモデルナの株価に影響を与えます。高金利が継続する見通しや、景気後退懸念などが、投資家のリスク回避姿勢を強める要因となることがあります。
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  4. 四半期決算やガイダンスへの反応: 直近の決算発表や、会社側が示す今後の売上見通し(ガイダンス)が、市場の期待に届かなかった場合、株価はネガティブに反応する可能性があります

バイオベンチャー投資の難しさ

これまでの話で、モデルナが花形ベンチャーとして誕生し、パンデミックという未曽有の追い風に乗って世界的な注目を集め、そして特需の終焉とともに株価が調整局面を迎えるまでの軌跡を追ってきました。特に、現在の株価がコロナ発生前の水準に収束しているという事実は、私たちに何を教えてくれるのでしょうか。

モデルナの物語は、画期的な技術が社会に与えるインパクトの大きさと同時に、バイオベンチャー投資が持つ特有の厳しさ、そして個人投資家にとっての難しさを如実に示しています。

1. 製薬業界の「縮図」:特許と研究開発の終わりなき競争

製薬業界は、一見すると「すごく儲かりそう」なイメージがあるかもしれません。しかし、そのビジネスモデルは非常に厳しく、モデルナの株価推移はその縮図と言えるでしょう。

  • 特許期間という限られた時間: 医薬品は、特許によって保護されている間は独占的に販売でき、莫大な収益を生み出します。しかし、特許期間が終了すると、安価なジェネリック医薬品が登場し、収益はごっそり奪われてしまいます。
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  • 「終わりのない研究開発」というコスト: 特許期間で稼いだ収益は、次の新薬を生み出すための巨額な研究開発(R&D)費用に充てられます。新薬開発には平均して10年以上の歳月と、数百億円から数千億円もの費用がかかり、しかも成功確率は非常に低いのが現実です。
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  • パイプラインの枯渇リスク: もし新しい有望なパイプライン(開発中の新薬候補)がなければ、特許切れとともに企業は収益の柱を失い、コスト割れに陥るリスクが高まります。

モデルナは、コロナワクチンという「メガヒット」によって莫大な富を築きましたが、それはあくまで特許と緊急需要に守られた一時的なものでした。ファイザーのような大手製薬企業は、コロナワクチン以外にも多数の既存製品ポートフォリオを持っているため、コロナ需要の減少をある程度吸収できます。

しかし、モデルナの場合、コロナワクチンが「ほぼ唯一の収益源」であったため、その特需が去ったときの株価の下落はより顕著でした。 現在の株価が、パンデミック前の、まだ収益がほとんどなかった頃の水準に戻っているのは、まさにこの脆弱なビジネスモデルの側面を浮き彫りにしています。

2. バイオベンチャー投資は「イベント投機」に近い

モデルナの株価が、特定のイベント(治験結果の発表、緊急使用許可、売上見通しの修正など)に大きく反応して乱高下したことからもわかるように、バイオベンチャーへの投資は、通常の企業への投資とは異なる性質を持っています。

  • 治験結果が全て: 新薬開発の過程では、臨床試験の各フェーズ(第1相、第2相、第3相)の結果が、企業の命運を握ります。ポジティブな結果が出れば株価は急騰し、ネガティブな結果や中断があれば暴落します。これは、まるでカジノのルーレットのように、「成功か失敗か」の二択に賭ける要素が強いと言えます。
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  • 情報は一般に公開されるまで待てない: 治験の初期段階や、研究の最先端の情報は、ごく一部の専門家やインサイダーにしか伝わりません。個人投資家がその情報を知る頃には、すでに株価に織り込まれているか、あるいは「ニュースで知る頃には手遅れ」という状況になりがちです。
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  • 不確実性の海: 科学的な不確実性、規制承認の不確実性、競合の出現など、一般的な企業投資よりもはるかに多くの不確実性を抱えています。

3. 個人投資家がバイオベンチャーセクターを避けるべき理由

モデルナのような成功例ですら、その株価の軌跡は、個人投資家がこのセクターで安定した資産形成を目指すことの難しさを示しています。

  • ギャンブル性が高い: 当たればいいですが、その裏には「外れればゼロ」(研究開発に資金がつきて倒産)というリスクが常に隣り合わせです。少数の成功の陰には、日の目を見ることなく消えていく無数のバイオベンチャーが存在しています。
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  • 専門知識の壁: 医薬品の基礎研究、臨床試験のプロセス、複雑な規制当局の承認、競合他社のパイプライン分析など、高度な専門知識が求められます。これを個人投資家がすべて把握し、常に最新情報を追い続けるのは現実的ではありません。
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  • 感情に流されやすい: 熱狂的なニュースや期待感に煽られ、あるいは急落にパニックになって狼狽売りをしてしまうなど、感情的な判断に陥りやすいセクターです。

もちろん、高いリスクを取って大きなリターンを狙う投資戦略もありますが、多くの個人投資家が「資産を堅実に増やす」という目的を考えるなら、このバイオベンチャーセクターは、基本的に手出し無用、あるいはごく一部の余剰資金で「宝くじ」感覚で挑むべき領域だと言えるでしょう。

むしろ、こうした製薬業界のリスクを理解し、「ここに投資するくらいなら、もっと堅実で、成長の再現性が見込める他のセクターに投資しよう」と考える方が、賢明な資産形成への道筋となるはずです。

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